遺伝性不整脈とは?
遺伝子の変異を原因として、不整脈を引き起こす疾患群のことです。不整脈が起きていない時は無症状で、健康的な人と同じように仕事や家庭での生活を送っています。不整脈を起こしたときは、動悸やめまいなどの症状が起きます。危険な不整脈(心室細動など)を引き起こした場合は、死に至る可能性があります。突然、前触れもなく亡くなってしまう「ぽっくり病」の原因の一つと考えられています。
遺伝性不整脈の原因
「心筋の働きを調節する遺伝子の変異」が原因と考えられています。遺伝子は、タンパク質を作り出す設計図を持っており、遺伝子が変異することで作り出されるタンパク質が変異します。心筋に関係するタンパク質は、心筋細胞の膜にあるイオンチャネル(電解質の通り道)などを作っており、遺伝子・タンパク質の変異によって不整脈が起きやすくなります。遺伝性不整脈の種類によっては原因遺伝子が少しずつ解明されていますが、はっきりわからないものもあります。
遺伝性不整脈の症状
不整脈が起きていない場合は、無症状です。遺伝性不整脈を持っていても、必ず不整脈を起こすわけではなく、生涯不整脈を起こさずに無症状の方もいます。
不整脈が起きた場合は、動悸、めまい、失神などを引き起こします。
動悸は、脈が速くなることや乱れることが原因で、「心臓がドキドキする」「心臓の鼓動が感じる」「一瞬胸が詰まる」などと表現されます。
めまい、失神は、不整脈により脈が速くなり、血圧が低下してしまうことが原因です。心臓は血液を送り出すポンプのような臓器であり、ポンプの中に血液を溜めて、送り出すことを繰り返しています。不整脈により脈が速くなると、心臓の中に血液を溜める時間がなくなります。そのため、十分な血液を送り出すことができず、血圧が低下してしまいます。失神のもう一つの原因は、不整脈が自然に治った時に心臓が数秒間止まってしまうことです。
危険な不整脈(心室細動など)では、脈が極めて速い状態、または痙攣のような状態によって急激な血圧低下(ショック)から、意識がなくなり心肺停止状態となります。
遺伝性不整脈の具体例
- 先天性QT延長症候群
- ブルガダ症候群
- カテコラミン誘発性多形性心室頻拍
- 後天性(二次性)QT延長症候群
- 進行性心臓伝導欠損
- 家族性徐脈症候群(洞機能不全症候群、房室ブロック)
- 不整脈源性右室心筋症
- 拡張型心筋症
- 早期再分極症候群
社会・医学的重要性
若年を含む幅広い年代で突然死の原因となります。不整脈を起こしていない場合は無症状ですので、健康な人と同じように仕事面や家庭面において社会的に重要な立場であったり、未来ある若者であったりします。そのため、突然死による社会的損失は大きいと考えられています。
有病率
有病率とは遺伝性不整脈を持っている人の割合です。
ブルガダ症候群では0.1%〜0.3%(千人に1〜3人)、先天性QT延長症候群では0.05%(2千人に1人)、QT短縮症候群では0.02%〜0.4%(1万人に2-40人)、カテコラミン誘発多形性心室心拍では1万人に1人と言われています。
発症年齢・性別・地域差
危険な不整脈が発症する年齢について、先天性QT延長症候群では学童期から思春期に多く、QT短縮症候群では1歳以内と20-40歳で多く、ブルガダ症候群では平均年齢57歳です。
性別について、先天性QT延長症候群の遺伝確率は男児45%、女児55%と差があります。一方で、突然死が起きる確率は、男児(5%)の方が女児(1%)よりも高いと言われています。この原因は、男児は活動性が高く、交感神経の興奮が起きやすいことが関連していると考えられています。ブルガダ症候群では、男女比9:1と圧倒的に男性が多いです。
地域差について、ブルガダ症候群では日本人を含むアジア人で高く、欧米では0.02%-0.15%ですが、日本では0.1%-0.3%です。
家族歴
家族歴とは、患者さんの家族や血縁関係の人が病気を持っているかどうかのことです。遺伝性不整脈は親から子へ遺伝することがあるため、家族歴がある(家族や血縁者に遺伝性不整脈がある)場合には、遺伝性不整脈を持っている可能性が高くなります。例えば先天性QT延長症候群では、親から子への遺伝率は57%程度です。しかし、カテコラミン誘発多形性心室頻拍では94%の患者さんで家族歴はありません。
予後
突然死
遺伝性不整脈による突然死は、年間7000人程度と推定されています。
心臓突然死は原因を究明できない場合が多く、実際の人数は把握できません。
先天性QT延長症候群
初めての失神発作が起きてから、治療をしなかった場合では1年以内に21%が死亡します。適切な薬物治療を行なった場合では、15年以内で1%の死亡率まで低下させることができます。
ブルガダ症候群
1年以内に危険な不整脈を引き起こす頻度について、自覚症状がない場合は0-0.5%、失神を経験したことがあると0.5%-2%、危険な不整脈を経験したことがあると8%-10%です。
カテコラミン誘発多形性心室頻拍
10年生存率は60%であり、予後が悪いと報告されていますが、治療方法の確立に伴って予後が改善されつつあります。
検査
検査のタイミング
不整脈が起きてから診断される場合は、動悸、めまい、失神、心肺停止などの症状が起きてから検査をして初めて診断されます。心肺停止はかなり危険な状態ですので、不整脈が起きる前に診断することが望まれます。
不整脈が起きる前に診断される場合、多くは健康診断などの心電図検査をきっかけに診断されます。日本では、小学校1年生、中学校1年生、高校1年生で心電図検診があり、就職後は雇入時や定期健康診断で心電図検査を受けることができます。
遺伝性不整脈では、心電図で必ず異常所見が見つかるとは限りません。心電図変化が起きる年齢は、ブルガダ症候群では30歳代〜40歳代が多いと言われています。つまり、若い時に心電図で異常を指摘されなくても、これからの異常が出てくる可能性があるため、継続的な健康診断、心電図検査が重要であると言えます。
検査方法
臨床症状
不整脈の症状である、動悸、めまい、失神などが診断のきっかけとなります。
また、一部の不整脈では運動や感情ストレスなどをきっかけに不整脈が起きますので、不整脈が起きるきっかけも含めて詳しく病歴を確認します。
心電図検査
不整脈の診断には必須の検査です。不整脈が起きている時の診断や、無症状の患者さんを見つけ出す目的で行います。
電気生理学的検査
不整脈(の疑い)がある場合、より詳しく調べるために行います。
足の付け根の血管から心臓へカテーテル(細い管)をいれて検査します。
心臓の電気的な波形を確認したり、わざと不整脈を起こしてみたり、時には治療(アブレーション)をしたりします。
特殊解析心電図指標
心電図で得られた波形を特殊な方法で解析して、診断につなげます。
遺伝子検査
家族や血縁関係の方に病気があれば、遺伝子検査を検討することができます。
現在、保険診療で遺伝子検査が認められているのは先天性QT延長症候群であり、他の疾患で遺伝子検査を行う場合は自費診療になります。
治療
不整脈発作時の治療
不整脈発作時は、薬物的除細動(抗不整脈薬)、電気的除細動(AED)などにより不整脈を止めます。
危険な不整脈を起こした患者さんは、心肺停止の状態となります。
多くは日常生活の中で突然発症するため、一般市民による救命処置(心臓マッサージ、AEDの使用など)、救急隊と病院到着後の高度な処置を行います。
電気的除細動や薬物的除細動で不整脈が止まらない場合などでは、ECMO(心肺補助装置)が必要になることもあります。
生活指導
遺伝性不整脈の種類と重症度、年齢に応じて、スポーツ・運動を制限することがあります。
制限が必要な理由は、心臓の動きが交感神経に影響されており、スポーツや運動などで交感神経が興奮状態なると不整脈を起こすことがあるためです。
薬物治療
薬物治療は最も重要です。
交感神経ベータ受容体遮断薬、ナトリウムチャネル遮断薬、カルシウムチャネル遮断薬、カリウムチャネル遮断薬があります。
基本的に内服治療ですが、不整脈発作での薬物的除細動では点滴で投与します。
非薬物治療
埋め込み型除細動器
電気的除細動をするための機械をあらかじめ体内へ埋め込みます。
危険な不整脈を起こしたことがある人など、心臓突然死の可能性が高い患者さんに行います。
ペースメーカー
脈が遅くなる(徐脈性)不整脈に対して、電気的に脈を速くするための治療です。
あらかじめ設定された心拍数を下回ると、ペースメーカーが心臓を刺激します。
不整脈が治る時に数秒間心臓が止まることがあるので、埋め込み型除細動器にペースメーカーの機能は内蔵されています。
交感神経節切除術
薬物治療が難しい患者さんには、左心臓交感神経節切除を行うことがあります。
手術は胸腔鏡下手術で行うことが一般的ですが、日本では手術自体あまり一般的ではありません。
肺静脈隔離術
心房細動や埋め込み型除細動器の不適切作動があるなど特殊な例では、肺静脈隔離術を行う場合があります。
開胸手術で行う方法と、カテーテル治療で行う方法があります。
アブレーション
電気生理学的検査により、不整脈の原因となる部位が特定できれば、カテーテルによるアブレーション治療も有効であると考えられています。
心房細動などの一部の不整脈には一般的に行われていますが、遺伝性不整脈に対するアブレーション治療は確立しているとは言えず、今後の研究が期待されています。
遺伝子治療
動物実験では、ウイルスを用いた遺伝子治療ができることが報告されています。
遺伝性不整脈の種類によっては、将来的に遺伝子治療の可能性があります。
周りの人からの理解
遺伝性不整脈の患者さんは、一見健康的な人に見えます。
しかし、不整脈予防のため過度なストレスを避けるように生活指導を受けている場合があります。
学校や職場では、病気への理解と、仕事環境の配慮をお願いいたします。
危険な不整脈を起こした場合、近くの人の心肺蘇生が最も大切になります。
講習会などを通して、心肺蘇生法を理解しておいてほしいと思います。